【源氏物語】③「若紫・末摘花・紅葉賀・花宴」あらすじ&ゆかりの地巡り|わかりやすい相関図付き

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2024年の大河ドラマは第63作『光る君へ』。時代は平安、主人公は紫式部。『光る君へ』では、藤原道長との出会いにより人生が大きく変わることとなる紫式部の人生が描かれています。

たまのじ

紫式部を演じるのは吉高由里子さん。藤原道長は柄本佑さんが演じます。

私は『源氏物語』を読み始めました。『源氏物語』は紫式部の唯一の物語作品。せっかくなので、『源氏物語』を読み進めるのと並行して、あらすじや縁のある地などをご紹介していこうと思います。これを機に『源氏物語』に興味を持っていただくことができたなら、とても嬉しいです。

※和歌を含め、本記事は文法にのっとっての正確な現代語訳ではありません。ご了承ください。

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▼巻ごとのあらすじを中心に、名場面や平安の暮らしとしきたりを解説。源氏物語が手軽に楽しくわかる入門書としておすすめの一冊! 

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目次

第5帖 若紫

少女との出会い

源氏の君(光源氏)は18歳に。
瘧(おこり:マラリア性の病気)にかかったので、名高い僧に治してもらうために北山を訪れました。三月の終わりで、山の桜はまだ盛りの頃。京の方はずっと遠くまで霞み、辺りの梢は淡く煙って見えます。絵のような美しさに感嘆する源氏の君に、お付きの者たちが他の優れた風景をいくつか挙げました。その中に播磨の明石の浦があり、そこには前播磨守入道の立派な家があるとのこと。偏屈者の入道がとても大事にしている娘がいると聞いて、源氏の君は強い興味を持ちます。

源氏の君が散歩中に見つけたある僧都の家に、女や子どもが何人かいました。覗いてみると、お勤めしている尼君の姿が。そこへ10歳ほどの少女が泣きながら駆け寄ってきます。伏籠の中に入れていた雀を、お付きの子が逃がしてしまったのです。
その少女はとても可愛らしく、成長したらとても美しくなるだろうと源氏の君は心惹かれます。その少女が、秘かに恋慕う藤壺の宮によく似ているからでした。

間もなく、僧都の招きで源氏の君はその家に行きます。あの少女は尼君の孫でした。尼君は、僧都の姉。夫と娘が亡くなり、娘と兵部卿の宮の子である少女と暮らしているのです。
そして兵部卿の宮の妹が藤壺の宮。少女が藤壺の宮に似ているのは姪であるからだと知り、源氏の君はいっそう心惹かれるのでした。そして「姫君を預かりたい」と祖母である尼君に頼みます。しかし「まだ幼いですので」と断られるのでした。

少女を手に入れたいと思った源氏の君は、尼君へ伝えます。

初草の若葉の上を見つるより旅寝の袖も露ぞ乾かぬ
“初草の若葉のように可愛らしい人を見てから、旅寝の身であるわたしの袖も、恋しく思う涙で乾く間もありません”

源氏の君

それに対し、尼君はこう返します。

枕結ふ今宵ばかりの露けさを深山の苔に比べざらなむ
“今宵一夜だけの旅寝の枕が涙で濡れているからといって、深山の苔と比べないでください”

尼君

「深山にひっそりと住む私どもの袖は、涙に暮れるのが一夜だけのあなたと違って、いつも涙にぬれて乾きませんのに」と続けます。それでも源氏の君は姫君を任せて頂きたいと必死に食い下がるのですが、尼君は「相応の歳になりましたら」と断るのでした。

月耕『源氏五十四帖 五 若紫』 出典:国立国会図書館デジタルコレクション

葵の上との不和

都に戻った源氏の君は、内裏に参上して帝に報告した後、迎えに来た左大臣と一緒に左大臣邸へ行くことになりました。
奥に隠れて出てこない正妻・葵の上は、左大臣に説得されてようやく出てきます。源氏の君が話しかけても打ち解けず、心が離れていくばかりでした。

葵の上を正妻に迎えてからずっと、ふたりの仲はうまくいきません。こんなぎくしゃくとした雰囲気の中、源氏の君はあの少女のことを思い出し、考えを巡らせているのでした。

藤壺の宮の懐妊

しばらくして、病で藤壺の宮が里下がりしました。そのことを知った源氏の君は、藤壺の宮の侍女である王命婦の手引きで寝所に忍び込みます。
どんなに恋い慕っても思いを遂げられないとわかっている源氏の君にとっては、この無理な逢瀬もとても切なく悲しいものでした。
藤壺の宮はあの突然の悪夢のような逢瀬のあとにもう逢わないと決めていましたが、またこうなってしまい、情けなくやるせない気持ちでいっぱいでした。

この『若紫』の帖で、「藤壺の宮は思いがけない悪夢のような密会を思い出すたびに後悔し」という状況が描かれています。今回の逢瀬より前にも密会があったようですね。

見てもまた逢ふ夜まれなる夢のうちにやがて紛るる我が身ともがな
“やっとお逢いできたもののまた逢える夜はもう来ないでしょうから、あなたといるこの夢の中で消えてしまいたい”

源氏の君

世語りに人や伝へむたぐひなく憂き身を覚めぬ夢になしても
“世の語り草として人々が語り伝えるのでしょうか。この上なく辛い我が身が、覚めることのない夢の中のことであるとしても”

藤壺の宮

この夜のことを、源氏の君は「あなたといるこの幸せな夢がいつまでも続いて欲しい」と思っている一方、藤壺の宮は「こんなに恐ろしい逢瀬は、夢ではなく現実にあったこととしていつまでも消えることはないでしょう」と嘆き悲しんでいるのです。

月日が経ち、藤壺の宮の懐妊が明らかになりました。桐壺帝は今まで以上に藤壺の宮のことを愛おしく思いますが、藤壺の宮は罪の意識に苛まれます。
その頃、源氏の君は異様な夢を見たので夢解きをする者に問うと、「帝の父となる運命の中で順調に行かないことがあり、謹慎しなければならなくなるでしょう」と言われます。そして藤壺の宮の懐妊の噂を聞いた源氏の君は、「自分の子ではないか」と夢と思い合わせるのでした。

少女を二条院へ

北山の尼君は、病がよくなったので、少女と共に都に戻っていました。源氏の君は見舞いに訪れ、またあの少女と会います。秋の夕暮れ、藤壺の宮のことが心から離れない源氏の君は、その姪である少女をどうしても手に入れたいと思うのです。

手に摘みていつしかも見む紫の根にかよひける野辺の若草
“手に摘んでなんとか早く見たいものだ。紫草(藤壺の宮)の根とつながっている野辺の若草(少女)を”

源氏の君
紫草(ムラサキ):根は染料として使われた

間もなく尼君が亡くなり、少女は父・兵部卿の宮に引き取られることに。どうしても少女を手に入れたい源氏の君は、兵部卿の宮が少女を迎えに来る前日、自らの邸・二条院の西の対に少女を強引に連れ帰ってしまったのです。恋い慕う藤壺の宮に似た少女は、この上なく可愛らしいのでした。

源氏の君が西の対に連れ帰ったこの少女こそが、源氏の君が心から愛した紫の君、そして源氏の君に一生添い遂げることとなる、のちの紫の上なのです。

大雲寺旧境内・鞍馬寺*北山の「なにがし寺」候補地

北山になむ、なにがし寺といふ所に、かしこき行ひ人はべる。

源氏物語「若紫」

『若紫』の帖で、源氏の君が病にかかった時に訪れた北山の「なにがし寺」。その「なにがし寺」に想定されたとする候補地、大雲寺旧境内と鞍馬寺をご紹介します。

大雲寺旧境内

京都市左京区岩倉にある大雲寺の旧境内地。「源氏物語ゆかりの地」の説明版が立っているのは北山病院敷地内、不動の滝のそばです。大雲寺の本堂は火災で焼失したため、現在はここより東にある石座神社近くに仮本堂があります。

大雲寺は、971年、円融天皇が遣わした藤原文範が真覚を開基として創建した寺院。当初は園城寺(三井寺)の別院でした。藤原文範は紫式部の母方の曽祖父です。

応仁の乱や戦国時代の兵乱による焼失、織田信長の焼き討ち、落雷や失火などで伽藍が消滅するたびに再興されてきましたが、1985年に人災によって伽藍が消滅した際に、境内地の東端に仮本堂を構えました。

仮本堂
閼伽井堂

閼伽井(観音水)

干ばつにも降雨にも増減しない「不増不減の水」と称され古来より霊水として崇められ、心の病・眼の病にことのほか霊験があると平安時代から今日まで変わらぬ信仰をあつめている。

大雲寺
不動の滝 (妙見の滝)

不動の滝(妙見の滝)
古来、大雲寺で心の病がよくなるよう加持祈祷を受ける人たちの「垢離場(こりば)」で、心の病の方々を滝に打たせると本復するといわれ、全国から霊験を求めてひとが集まってきた。その人たちの滞在を引き受けた籠屋(こもりや)(のちに保養所と称した)の一つが、現在の北山病院へと発展した。

大雲寺

ここが「なにがし寺」候補地とされる理由は、「都から比較的近い距離にあって高僧が住み、かつて庭に遣水のほか、趣のある滝があって、光源氏が瘧病(わらわやみ)の祈祷を受けた老僧の巌窟を想起させる雰囲気があることによる」と「源氏物語ゆかりの地」の説明版に書かれています。

大雲寺
住所:京都市左京区岩倉上蔵町305
公式サイト:京都 大雲寺公式ホームページ (daiunji.net)

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