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2024年の大河ドラマは第63作『光る君へ』。時代は平安、主人公は紫式部。『光る君へ』では、藤原道長との出会いにより人生が大きく変わることとなる紫式部の人生が描かれています。
紫式部を演じるのは吉高由里子さん。藤原道長は柄本佑さんが演じます。
私は『源氏物語』を読み始めました。『源氏物語』は紫式部の唯一の物語作品。せっかくなので、『源氏物語』を読み進めるのと並行して、あらすじや縁のある地などをご紹介していこうと思います。これを機に『源氏物語』に興味を持っていただくことができたなら、とても嬉しいです。
※和歌を含め、本記事は文法にのっとっての正確な現代語訳ではありません。ご了承ください。
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目次
玉鬘十帖
これからご紹介する「玉鬘」から「真木柱」までの十帖では、頭の中将と夕顔の娘である玉鬘(たまかずら)の物語が描かれています。そのため、その十帖を「玉鬘十帖」と呼ぶことがあります。
第22帖 玉鬘(たまかずら)
夕顔の姫君
あれから長い年月が経ちましたが、源氏の君は愛おしい夕顔のことを片時も忘れることはありません。夕顔の侍女だった右近は源氏の君が引き取り、あの須磨の件のときからは紫の上に仕えていました。
右近は「御方様(夕顔)がいらっしゃったら、他の女君のように六条院に迎えられただろうに」と悲しみます。
夕顔は源氏の君との逢瀬の間に突然亡くなってしまった女性。かつて頭中将の恋人だったことを後で知った源氏の君は、夕顔が亡くなったことを頭中将には知らせませんでした。源氏の君が夕顔と出会ったのは、夕顔が子を連れて頭中将の前から姿を消してひっそりと暮らしていた頃。頭中将は夕顔と子を探していましたが、とうとう見つけることは出来なかったのです。(第2帖 帚木・第4帖 夕顔)
夕顔の死は誰にも言うなと源氏の君に口止めされていたので、右近は夕顔の姫君を探しませんでした。
その後、姫君を世話している乳母が、夫の少弐の任務で筑紫へ行くことになります。乳母は頭中将に事情を話そうとはしましたが、夕顔の行方が分からない上に、いままで離れていた父親に預けるのも心配で、姫君が四歳の時に一緒に連れて行くことになりました。
少弐は五年の任期が終わって京へ戻ろうとしますが、旅路が長く大変な上に財力も乏しく、出発を迷っているうちに重い病にかかってしまいました。姫君が十歳くらいになり、とてもかわいらしく美しくなったのを見て、「こんな田舎で成人させるわけにはいかない。一刻も早く京にお連れしろ」と三人の息子に言い残して、少弐は亡くなってしまいました。
乳母はひたすら京へ上がろうとしますが、少弐と仲の悪い者の妨害などを気にしているうちに、年月が経ってしまいます。姫君は母君よりも美しく、父の血筋のせいか、気品もあってかわいらしく育っていました。求婚者が絶えずやってくるので、乳母は「体にひどく悪いところがあるので、結婚はさせず尼にして、私が面倒を見る」と言いふらします。
「早く父君のところへ」とは思うのですが、乳母の娘や息子がその土地で結婚して住みついてしまったので、ますます出発が遠のきました。
そうしているうちに姫君は二十歳くらいになり、とても美しくなっていたのでした。
大夫の監の求婚
肥後の国に一族を多く持ち、声望も勢いもある、大夫の監(たいふのげん)という武士がいました。あまりにも無骨なその男は、器量のいい女を集めてそばに置こうとしており、姫君にもしつこく求婚してきます。乳母が断ると、乳母の三人の息子を呼び寄せて「反対したらこの土地にいられないようにしてやる」と脅し、次男と三男を味方につけてしまいました。ただ、長男の豊後の介(ぶんごのすけ)だけは、少弐の遺言を守って姫君を京に連れて行こうと決心します。
大夫の監は三十位の男で、背が高く太っています。振る舞いは荒っぽく、声はしわがれて方言混じりでしゃべります。初めは文を寄こしてきていましたが、ついには乳母の次男を利用して乗り込んできました。その場は乳母がなんとかして帰したのですが、とても恐ろしくなり、ついに姫を連れて筑紫を発つことにしました。
豊後の介は妻子を置いて行き、今は兵部の君と呼ばれるあてきという妹も、長年連れ添った夫を捨ててついて行きます。大夫の監が追いかけてくるのではないかと怯えながら、急いで舟で京に向かいます。
京が近づいて少し心が落ち着いた頃には、豊後の介も兵部の君も残してきた家族の身を心配していました。そして、「京には落ち着く先も知り合いもいないのに、どうしたらいいのか」と途方に暮れているうちに、京にたどり着いたのでした。
夕顔が亡くなっていることも知らない乳母たち。必死に姫君を守ってきたんですね。
奇跡の再会
京に着いた乳母たち。いつもは頼もしい豊後の介も、知らない土地ではどうしていいかわからず、ついて来ていた者たちは不安になり、散り散りに肥前の国へ帰っていきました。
乳母を慰めるように、豊後の介は言います。
「神仏こそ姫君をしかるべき道へ導いてくれるはず。近くに石清水八幡宮があり、筑紫でもお詣りしていた松浦や筥崎と同じ社です。肥前を離れる時も願立てし、こうして無事にたどり着いたのですから、お詣りしてはいかがですか。八幡の次にご利益が高いと評判の初瀬の観音にも参りましょう」
ご利益があるように、歩いて向かいました。姫君は、慣れないことでとてもつらそうですが、言われるままに夢中で歩きます。「なぜこんなにつらい目にあうのだろう。母君が生きていてくださったら」と嘆きながらも、四日目にやっとのことで椿市というところに着きました。
宿の主人である法師が「他の人が泊まることになっているのに。下女が勝手に案内しおって」と不機嫌そうにぶつぶつ言っていると、確かに他の一行がやってきました。その一行も歩いてきたようで、身分は低そうにない女二人と、男女の下人たちが数多くいました。
法師は仕方なく、豊後の介一行を別の部屋に入れますが、一部の人たちは他の一行と相部屋になります。部屋の隅に寄り、姫君には幕をしっかりめぐらせて隠しました。
それにしてもこんなことがあるのでしょうか。相部屋になったこの一行は、あの右近一行だったのです。右近は、 紫の上に仕えつつも六条院に馴染めず、姫君との再会を祈願して初瀬の観音・長谷寺に度々参詣していたのでした。
乳母も右近も夕顔を慕い続けています。そんな思いが2人を引き寄せたのかもしれません。
豊後の介が「これは姫君にさしあげてください。お膳などが整わなくて恐縮ですが」と言うのを聞き、右近は並の身分ではない人がいるのだろうかと思って物のすきまから覗くと、その男の顔を見たことがある気がしました。「三条、ここに来なさい」と豊後の介が呼び寄せた女にも見覚えがあります。そのうち夕顔に仕えていた者だと思い出すと、まるで夢のような心地がしました。
右近は三条を呼び寄せます。初めは誰だかわからないというふうでしたが、三条も右近のことを思い出して大袈裟に泣き始めました。乳母にも報告に行き、仕切りにしていた屏風のようなものはすべて退け、皆で泣き交わすのでした。乳母が「御方様は?」と聞くと、右近は「御方様はとうにお亡くなりになりました」と言ったので、皆、どうしようもなく泣きくずれるのでした。
そして右近は観音様の御堂に行き、「探していた姫君が見つかりましたので、源氏の君にお知らせします。どうか姫君が幸せになりますように」と祈るのでした。
姫君、六条院へ
右近は六条院へ参上し、源氏の君に夕顔の姫君が見つかったと報告しました。源氏の君は「姫君をこちらに迎えよう。父の内大臣(前の頭中将)には知らせなくてもよい。」と言い、右近は「お亡くなりになった御方様の代わりに姫君を助けることが、罪滅ぼしにもなりましょう」と申し上げます。源氏の君は姫君に文を書き、美しい装束や女房たちの衣などを右近に持たせました。
姫君は「本当の父親ではないのに、どうして知らない人の世話になれましょうか」と悩んでいましたが、右近や乳母たちが「そのうち内大臣のお耳にも入るでしょう。親子の契りは絶えるものではありません」と言うので、六条院に移る決心をするのでした。
知らずとも尋ねてしらむ三島江に生ふる三稜(みくり)のすぢは絶えじを
“わたしのことを知らなくても誰かに尋ねればわかるでしょう わたしたちの縁はつながっているのですから”
源氏の君
数ならぬみくりやなにのすぢなればうきにしもかく根をとどめけむ
“人の数にも入らない身でありながら なんの筋があって私は このつらい世に生まれてきたのでしょうか”
夕顔の姫君
源氏の君は、今になって紫の上にも夕顔とのことを話しました。こんなにも長く隠していたことを、紫の上は恨んでいます。源氏の君は「亡くなった人について、聞かれもしないことは言わないものです。もし夕顔が生きていれば、明石の君と同じくらい大切にしていたことでしょう」と言いますが、紫の上は「いいえ、明石の君ほどには大切になさらないはずです」と返します。
紫の上は、明石の君に関してはどうしても苛立ってしまうのです。しかし、ふたりの話を無心に聞いている明石の姫君がたいへんかわいいので、「源氏の君が明石の君を大切になさるのはもっともだ」と思い直すのでした。
夕顔の姫君が六条院に移ってきました。源氏の君は、花散里に姫君のお世話を頼みます。
その夜、早速源氏の君がやって来ました。乳母たちは「光源氏」という呼び名は聞いていたものの、その美しさに恐ろしささえ感じています。
源氏の君は廂の間の座について、姫君に「ずっと心配していましたので、お目にかかれて嬉しいです。これまでの話をしたいと思っているのですが、なんだかよそよそしいですね」と言います。姫君は何と言っていいかわからず「幼い頃に筑紫に下ってからは、生きているのかわからないありさまでしたので…」と、か細い声で話しました。その様子が夕顔に実によく似ていたので、源氏の君は微笑むのでした。
恋ひわたる身はそれなれど玉かづらいかなるすぢを尋ね来つらむ
“今でも夕顔を恋しく思っている私のもとに 姫君はどんな縁でたどりついたのだろうか”
源氏の君
源氏の君が詠んだこの歌から、夕顔の姫君は「玉鬘(たまかずら)」と呼ばれます。
源氏の君は夕霧にも玉鬘を迎えたことを話しておきます。夕霧は玉鬘のもとに行き、「お役に立てないかもしれませんが、実の弟でありますのでなんでもお申しつけください」とまじめに申し上げるので、玉鬘が夕霧の実の姉ではないということを知っている者たちは、気が引けるのでした。
豊後の介は姫君付きの家司(けいし:家の庶務をおこなう者)に任命されました。豊後の介は、ずっと田舎住まいだった自分が、出仕して、源氏の君の邸に朝夕出入りしたり人に指図したりする身になったことをとても名誉なことだと思います。源氏の君の心遣いは、あらゆるところに細やかに行き届いているのでした。
晴れ着選び
年の暮れになり、源氏の君は女君たちに新年の晴れ着を選びます。紫の上が「着る方を思い浮かべて、その方に似合いそうなものを選んでください」と言うと、源氏は「私が選んだものを見て、さりげなく玉鬘の容貌を想像するつもりなのですか」とからかいます。
紫の上、明石の姫君、花散里、玉鬘の晴れ着を選びました。二条院の東の対にいる末摘花にも選びます。そして、とても気品がある晴れ着を明石の君にと選んだので、紫の上は嫉妬します。源氏の君は、あの空蝉にも選びます。空蝉は尼になって二条の東の院に引き取られ、源氏の君のお世話を受けていました。
そして女君たちに、この晴れ着を正月に着るようにと、手紙を書いたのでした。
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鏡神社*松浦なる鏡の神
玉鬘に求婚する大夫の監が詠んだ歌、
君にもしこころたがはば松浦(まつら)なるかがみの神をかけて誓はむ
“姫君に対して心変わりするようなことがあったら…(どんな罰でも受けましょう) 松浦にいらっしゃる鏡の神にかけて誓いましょう”
大夫の監
この歌に出てくる「松浦なる鏡の神」とされているのが、佐賀県唐津市にある鏡神社です。
大夫の監は田舎者で和歌を詠み慣れていないので、こんなぎこちない(途中が抜けた)歌になってしまったようです。
鏡神社とは
鏡神社は、佐賀県唐津市の鏡山の麓に位置する神社。古来より松浦地方(現在の糸島~長崎)の総社として尊崇されています。本殿が2棟あり、一ノ宮に神功皇后、二ノ宮に藤原広嗣公を祀っています。
源氏物語歌碑
先ほどご紹介した大夫の監の歌の歌碑があります。
玉鬘とその乳母たちが肥前国で暮らしている時に信仰していたのが鏡神社です。玉鬘は大夫の監から逃げるために筑紫を離れる時に、松浦の宮の前の渚と姉君と別れるのが悲しいと思いますが、その「松浦の宮の前の渚」と言うのは鏡神社の前に広がる海辺を想定していたのではないかと思います。
鏡神社
住所:佐賀県唐津市鏡1827
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▼訳・瀬戸内寂聴の「源氏物語」は、比較的わかりやすい文章で書かれているので、源氏物語を読破してみたい方におすすめ。全十巻からなる大作です。巻ごとの解説や、系図、語句解釈も付いています。
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第23帖 初音(はつね)
女君たちへの挨拶
元日の朝、空はうららかに晴れ渡っています。女君たちの御殿は、言葉にできないほど華やかで見事な様子です。紫の上の春の御殿のお庭はとりわけ素晴らしく、梅の香も御簾の内に入ってきて薫物の香と混じり合い、極楽浄土のようです。
源氏の君は、新年の挨拶のために六条院の女君たちの御殿を回ります。春の御殿で一緒に暮らしている紫の上とは、新年を祝う歌を詠み交わしました。
うす氷とけぬる池の鏡には世にたぐひなきかげぞならべる
“薄氷が溶けて鏡のようになった池には 類なく幸せな二人の姿が並んで映っています”
源氏の君
曇りなき池の鏡によろづ代をすむべき影ぞしるく見えける
“澄みきった池の鏡に いつまでも共に暮らす二人の姿がはっきりと映っています”
紫の上
源氏の君が明石の姫君のところへ行くと、童女や下働きの子が庭の小松を引いて遊んでいました。明石の君からは特別な竹の籠や折り箱などが贈られ、見事な五葉の松の枝にとまる鶯も、何か思うところがあるかのようです。文が付いていたので、源氏の君は姫君に「お返事は自分でお書きなさい」と言います。姫君がとてもかわいらしいので、長い年月、姫君に会えないでいる母君のことを思うと、罪なことをしてしまったと気の毒に思うのでした。
年月をまつにひかれて経る人にけふうぐひすの初音聞かせよ
“長い年月、あなたを待ち続けている間に歳をとってしまった私に、せめて今日は鶯の初音を聞かせてください(年の初めのお便りをください)”
明石の君
ひき別れ年は経れども鴬の巣立ちし松の根を忘れめや
“お別れしてから幾年も経ちましたが、私を産んでくださった母君のことを忘れたことなどありません”
明石の姫君
夏の御殿で品よく住んでいる花散里のもとへ。源氏の君とは長い年月を経ても気持ちが離れることはありません。今は親しい男女の仲ではありませんが、しみじみと仲のいいお二人です。
次に、西の対に行き玉鬘に会います。源氏の君が贈った衣で身を包んだ玉鬘は、とても美しくて華やかです。玉鬘は実の父親でもない源氏の君にまだ心を許してはいないのですが、それがかえって源氏の君の恋心をくすぐるようです。
日が暮れる頃、明石の君の御殿に行きました。御殿への渡り廊下の戸を開けると、御簾の奥から薫物の香りが風にのって漂ってきて、とても気品が感じられます。白い小袿に鮮やかに映える明石の君の髪がとても優美で心惹かれたので、新年早々紫の上が嫉妬するだろうと思いつつ、ここに泊まることにしました。「やはり明石の君は特別だ」と、源氏の君は思います。そして、源氏の君が明石の君の御殿に泊まったので、紫の上の御殿では女房たちが苛立っていたのでした。
しかし、夜明け前になると、源氏の君は帰ります。「まだ夜も深いのに」と明石の君は切ない気持ちでいっぱいになります。
源氏の君は、待っていた紫の上は機嫌が悪いだろうと思い、「うたた寝してしまったのを誰も起こしてくれなかったのです」とご機嫌を取ろうとしたのですが、特に返事もないので面倒になったと思うのでした。
二条の東の院へ
新年になり何日か経って落ち着いた頃、源氏の君はようやく二条の東の院を訪れました。末摘花は身分が身分なので、源氏の君は気を配ります。ただ、赤い鼻だけは気になってしまうので几帳で隔てて話しますが、末摘花は源氏の君の優しくて変わらない心に頼りきっているのでした。
尼姿の空蝉のところにも顔を出しました。ひっそりと控え目に住んでいて、部屋の大部分を仏にお譲りして、勤行に励んでいるようです。源氏の君が「あなたとの恋は辛い恋でした。それでもこんなふうにお付き合いは続いてきましたね」と言うと、空蝉の尼君もしんみりした様子で「こうして仏道に入ってまでもお世話を受けるのは、浅からぬご縁なのだと思います」と言いました。
こうして源氏の君はひととおり女君に挨拶をして回り、「お逢いできない日が続いても、決してあなたのことを忘れてはいないのですよ」と優しく伝えたのでした。
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▼大和和紀さんの漫画『あさきゆめみし』は読みごたえがある超大作。私は源氏物語を読む前に、あさきゆめみしを読破しました。「源氏物語の訳本を読んでみたけれど、文章がわかりにくくて挫折した」という、じっくりと源氏物語を読んでみたいという人にとてもおすすめです。
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第24帖 胡蝶(こちょう)
舟楽
三月二十日頃、六条院の春の御殿は、花の色香や鳥のさえずりがとても素晴らしく、いつまでも春満開のようです。源氏の君は、雅楽寮の楽人を呼んで池の上で舟楽を催しました。龍頭鷁首の舟は唐風に飾られ、童たちは角髪(みづら)を結って唐風の服を着ているので、とても大きな池の中へ漕ぎ出すと、知らない国に来たような気持ちになります。
柳は色の濃い枝を垂れ、他では盛りを過ぎた桜も今が盛りと咲き、廊下をめぐる藤の花も色濃く咲いています。水鳥たちが細い枝をくわえて飛び交い、おしどりは波で模様をつくりだしています。こうした景色に、時の経つのを忘れて心を奪われるのでした。
御読経の日
次の日は、秋好中宮の春の御読経の日でした。紫の上は供養として御仏に花を供えます。かわいい女童たちを二組に分け、それぞれに鳥の衣装と蝶の衣装を着せて花を持たせ、庭の池の舟に乗せました。舟は紫の上の庭から秋好中宮の庭へと続く池を、漕ぎ出していきます。中宮の庭では、春霞の間から女童たちが現れて来たので、とても風情があり優美な光景でした。女童たちは寝殿の下まで進んで花を差し上げ、その花は閼伽棚のお供えされました。
紫の上から中宮への文は、夕霧の中将がお渡しします。中宮は文を読み、「昨日はそちらへ伺うことができず、泣いてしまいそうでした」と返事します。
こうして毎日のようにとりとめのない遊びが催され、楽しく過ごしています。中宮も紫の上もお互いに手紙のやりとりをしているのでした。
花ぞのの胡蝶をさへや下草に秋まつむしはうとく見るらむ
“草陰に隠れる松虫のように秋を待つあなたは 春の花園の美しい蝶までも 気に入らないものだとご覧になるのでしょうか(秋が好きだというあなたは この春の美しさを見ても まだ春が好きにはなりませんか?”
紫の上
胡蝶にもさそはれなまし心ありて八重山吹を隔てざりせば
“八重山吹で隔てをお作りにならないのなら 胡蝶に誘われるがまま そちらの御殿にうかがいたい思いです”
秋好中宮
玉鬘への求婚
西の対の玉鬘のもとには、若い公達からの手紙がたくさん届くようになりました。源氏の君は予想どおりになったと面白く思い、玉鬘の部屋を訪れては手紙を見て、ふさわしそうな人には返事を書くように勧めますが、玉鬘はつらく感じています。
源氏の君の弟である兵部卿の宮からも恋文が届いたので、源氏の君は「たいへん趣きのある人ですよ」と言います。また、鬚黒(ひげぐろ)の大将というとても真面目で重々しい感じの方からも恋心を打ち明けられています。
そして、実の姉とも知らずに、内大臣の長男である柏木の中将も玉鬘に思いを寄せているのでした。
源氏の君は、庭の呉竹が若々しく成長して風にそよぐ様子にふと心惹かれて立ち止まり、
ませのうちに根深くうゑし竹の子のおのが世々にや生ひわかるべき
“大事に育てた娘もやがて伴侶を見つけて去ってゆくのか”
源氏の君
と詠みました。それを聞いた玉鬘はこう返します。
今さらにいかならむ世かわか竹のおひはじめけむ根をばたづねん
“今さら実の親を探してどうなりましょう”
玉鬘
玉鬘は心の中では「実の親でもこれ程細やかに気配りしてくださらないのではないか」とすっかり遠慮してしまい、自分から「実の父に会いたい」と言い出しにくくなっていたのでした。
源氏の君は玉鬘がとてもかわいいので、そのことを紫の上にも話します。
「妙に心が惹かれる姫君で、ものの道理も分かっているようだし、親しみやすいところもあって、心配なところがないのですよ」
紫の上は、こういう時には何かをしでかす源氏の君の性格を知っているので、もしやと思い、「ものの道理がわかっているのに、あなたを頼りにしておられるなんて」と言うと、源氏の君が「なんでわたしが頼りにならないのでしょう」と言ってきたので、紫の上は「わたしも堪えきれないほど悩み続けたことが何度もありますので、あなたの浮気癖がふと頭をよぎりまして」と微笑んで言い返します。
源氏の君は「なんて察しのいいことか」と驚き、「もしそうなら玉鬘が見抜いているでしょう」とごまかして話を切り上げました。
源氏の君は、心の中で「紫の上がこんな邪推をしているなんて、どうしたものだろうか」と思う一方で、とんでもないことを考えている自分の心を思い知るのでした。
それでも懲りずに、源氏の君はひそかに玉鬘のもとへ行きます。
くつろいでいた玉鬘が、体を起こして恥ずかしそうにしている様子はとても美しく、もの柔らかな感じがあの夕顔にとてもよく似ています。
源氏の君は「母君のことをずっと忘れられなくて、心が慰められることもなく長い年月を過ごしてきました。こうして今、母君によく似ているあなたに会えるのは夢のようです。やはり、あなたへの気持ちを抑えることができません」と言って玉鬘の手を取ります。玉鬘はいたたまれない気持ちになって、顔を伏せます。玉鬘の体が震えているので、源氏の君は「そんなに嫌わないでください。これほど深くあなたを思う人は、私の他にはいないはずですから」と声をかけました。
「本当の親だったら、こんな目には合わないのに」と玉鬘は悲しくなって、袖に隠そうとする涙もこぼれ出てしまいます。源氏の君は「ずいぶんと嫌われましたね」と言い、なんて軽はずみなことをしてしまったのだろうと思って、夜も更ける前に出ていきました。
玉鬘は、源氏の君の気持ちをすっかり嫌だと思い込み、わが身を情けなく思うのでした。
「玉鬘・初音・胡蝶」をご紹介しました。最後まで読んでいただきありがとうございます。次回は「蛍」からです。
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